AIで楽曲を楽器やボーカルに分離する

天使の抱擁

 力も責務も捨てた。ずっと望んでいたから。力を持つ事で友を失い、責務によってありのまま生きる事を
禁じられ…狂いそうだった。全ての崩壊を望んでしまいそうだった。
母さんごめんなさい。でもあなたも望んでいたんでしょ…?自由を手に入れたかったでしょ…?
今私は幸せです。ずっとずっと、この幸せが続いてくれればいいのに…。

 「ンが!!」
 何か夢を見た…はずだったけど、どうせどうでもいい夢だったに違いない。それよりも、安眠を妨げる
この謎の異物のせいで私は飛び起きざるをえなかった。
「わっ何!?何このポチャポチャした物体はぁ!!」
私の鼻先に触れた物を慌てて手で払う。それは暖かくてフヨフヨしていて、そして全く心当たりの無い物
だった。
それは人間の手。待て待て、確かここは私の部屋だ。…周りを見回してやはり昨日予約した宿である事を
確認する。
…まさか、相部屋にされた?
だけどロビーで予約中、それ程人が溢れている感は無かったはず。私が部屋に入った後この宿に客が大勢
なだれ込んで来たとか?それにしたって相部屋にする時はその部屋の客に一言声をかけるべきではないか?
もし何度呼びかけても目覚めないほど私が…ね、寝入っていたというなら…いや、寝入っていたならそれは
それで他の部屋に当たるのが常識だ。
 再び謎の手に目を向ける。子供のような小さめの手…瑞々しくシミ一つ無い白く美しい手。羨ましい。
だけどやはり、知らぬ間に知らない人が自分のベッドに潜り込んでいるのは気持ちが悪い。
私はそっと、相客を起こしてしまうなどと気を使う素振りも見せずに頭付近のシーツを剥いだ。
 …驚いた。齢は思春期にかかる頃の子供。明るい桃色の髪にも驚いたが、何よりも耳の形。
ハーフエルフ特有の尖がった耳だ。エルフと人の混血種は相当珍しく、私は21年間生きてきて3度ほど
しか見た事が無い。
私はまじまじとその珍しいハーフエルフの子供の顔を見る。やはり肌は繊細で美しく、思わず触れたくなる。
「あ」
気付いた時にはすでに遅く、私の手は頬っぺたを撫でていた。
「にゃうん」
子供が鳴いた。…あああ!?て、手が勝手にぃ!!これじゃ私ゃタダの変態だ…。
ガックリ肩を落として落ち込んでいると、もぞもぞとシーツが動き出した。
「何れすか、もー…。せっかく良い夢見てたのにぃ……あへ?あ、おはよーございれすぅ〜♪」
なんとその子供がこちらに向かって挨拶してきたではないか。一気に力が抜けたというか何と言うか…。
いやいや、大人たるもの子供に負けてはならない。叱るべき時はしっかりと叱らねば!
「あのね、君…」
私が少女をたしなめようとしたその時、廊下に慌ただしい足音が響いた。
そして、ドアが勢い良く開けられた。
入ってきたのは高貴な女性だった。その時私はもうこの宿には二度と泊まるもんかと胸に誓った。
「あの、申し訳ありません。この部屋にピンクの髪をした子供が来ませんでしたか?」
なんだ…?あの子はこの人の子供か何かなの?その割に全く似てないと思う。
ま、どうだって良いけど保護者には違いないだろう。ここはうんと叱ってやろう。うん。
「来たも何もここに居ますわ。全くそちらでは一体どのように躾をなされているのでしょう?」
ふふ、やっと言いたい事が言えたわ。などと自己満足に耽っていたものの、それは次の一言で掻き消された。
「何処に…でしょう?」
「へ?」
いや、ベッドの上に…あれ?いない……
「あら…夢だったかしら…」
なーんて冗談めいて言ってみるものの、夢なわけないでしょう。
「あまりからかわないで下さい。急いでいるもので…では、失礼します」
っ…!?待てー!絶対いたっつーの!!と小さく叫ぶも、部屋を見渡しても本当に居ない。
「ふう…何だったのかしらねぇ…」
「あの…ごめんなさいれす…」
驚いた事に少女はクローゼットに隠れていたようだ。確かに彼女なら小さい体を狭いクローゼットの中に
忍ばせることができただろう。しかし隠れんぼでもしているのだろうか…。迷惑な話である。
何か言ってやろうとしたその時、少女が必死に嘆願してきた。
「私追われてるんれす!見つかったら人体実験されるんれす!お願い、助けて下さい!」
「はぁ?」
私は呆れ返って言葉も出なくなったものの、「人体実験」という単語がひっかかった。
「…まぁ一応聞くだけ聞きましょう。どういう事なの?話してごらんなさい。」
本当だとしたら私は彼女を保護せねばならないだろう。しかし、もし少女の言う事が全てでたらめならば
あの女性に引き渡すまでだ。

「と言う事はつまりまとめると、君は計算の上人為的に作られた生命体であり、彼女らは君の体内状況を
把握する為体を切り開こうとしている、と…?」
「そう!そうなんれすよぉ〜」
「れす」言葉にイライラしながらも聞いた甲斐あって、どうやら私は彼女の言わんとする事を理解できたようだ。
「はー、そう。ふーん…」
さて、どうしたもんか。少女の言う事を信じるか否かは私に懸っているみたいだけれど。
「もし私が捕まったとしても、今の話をまたしてくれるわよね…?」
もし少女の言う事が全てでたらめであり、信じて保護したとなると私は只の連れ去り誘拐犯である。
そんな事絶対あってたまるか。だけど簡単に見捨てるわけにもいかない。
だって、もし彼女の言う事が本当なら彼女は最悪殺されるかもしれないのだ。
少女は不思議そうな顔をしていたが、言わんとする事に気付いたようで、大きく何度も頷いた。
「勿論れす!もし捕まっちゃっても私頑張って誤解を解くれす!」
「ならさっさとこの宿からオサラバよ。さっきの人がまた来るかもしれないもの…。
レミエール教会まで行って保護してもらいましょう」
「はいれす!あの…私リアン・ラーンって言いますれす。よろしくれす!」
「私はティラル・サラルドよ。短い間でしょうけどよろしくね」
…そう。これから始まる旅が短いものだと思っていた。
しかしなかなか人生そう上手くは行かないみたいで…。
この子を保護する事によってどんな面倒な事件に巻き込まれるかなんて、この時の私には知る由もなかった。